2025.12.24号 VOL.315
クリスマスの起源
こんにちは。株式会社シンカの分部と申します。
皆さま、クリスマスの歴史はご存じでしょうか?
「イエス・キリストの降誕祭」というのは知られていますが、
実は、聖書には「キリストの誕生日が12月25日である」とは書かれていないそうです。
日付が決まった背景には、古代ローマの「冬至祭」があります。
太陽の力が弱まる冬至を境に、再び、日照時間が伸び始めます。
古代ローマでは、太陽が復活する重要な節目とされ、農耕社会の希望の象徴でした。
この時期に行われたのが「ミトラ教の太陽神崇拝」や「サトゥルナリア祭」。
サトゥルナリア祭は豊穣の神を祝う祭りで、贈り物交換やご馳走を楽しむ習慣があり、
現代のクリスマス文化によく似ています。
キリスト教がローマ帝国で広まる過程で、既存の祭りを完全に排除するのは難しかったため、
「太陽の復活」を祝う日を「キリストの誕生を祝う日」に設定することで、
異教の祭りをキリスト教的な意味に置き換える戦略が取られました。
キリストは「世界の光」と呼ばれるため、太陽の象徴と結びつけやすかったようですが、
こうして誰かの思惑によって、世界は動かされていることを実感しますね。
サンタクロースにもモデルがいます。
4世紀の司教「聖ニコラウス」で、貧しい人々に贈り物をしたことで知られていた人物です。
彼の伝承には、貧しい家庭の娘たちのために、窓からそっと金貨を投げ入れ、
それが偶然、靴下に入ったという逸話があります。
「サンタクロース」という名は「セント・ニコラウス」の名が訛ったものだそうです。
クリスマスツリーは、なぜモミの木なのか?
モミの木は常緑樹のため、冬でも葉を落とさずに、緑を保ちます。
古代の人々にとって、厳しい冬の中でも枯れない木は、「永遠の命」の象徴でした。
キリスト教においては、「永遠の命」は神の救いを意味します。
モミの木はその象徴として、クリスマスツリーに使われるようになりました。
ツリーの頂上に飾る星は、キリスト誕生を知らせた「ベツレヘムの星」を、
丸いボールはアダムとイブが食べた「禁断の果実」を表しています。
日本は多神教的な文化であり、宗教行事を「イベント」として柔軟に取り込む傾向がありますが、
我が国でクリスマス文化がひろまった理由は、
大正天皇の崩御の後、1927年~1947年までの21年間はクリスマスが休日だったこと、
そして1950年頃、ベビーブームといわれる世代により、子どもの数が爆発的に増加したこと、
不二家による日本独自のクリスマスケーキの販売の反響などから、
クリスマス商戦が激化し、文化定着となっていきました。
こうして歴史をたどると、我々が安心して生きるための祈りや願いを発端に、
強い力を持つ人たちによる戦略によって、文化と経済がつくりあげられていくものだなと改めて感じます。
歴史に想いを馳せ、意味を知ることで、クリスマスの捉え方が少し変わる気がします。
ぜひ、古代ロマンを感じながら、楽しい一日をお過ごしください。
Happy Christmas!
※参考:
https://www.suzette-shop.jp/blog/xmas-history/?srsltid=AfmBOoqFt2mMVsZ-DG2E2MVzgdewqoFkoCJEokxGuGj5ioZczuXrSgwE
https://hirameki.noge-printing.jp/japanese-christmas/
編集後記
子供のころ、サンタクロースを信じていた姉と私。
手紙を書いたり、牛乳を置いたりしては、翌朝、歓喜していたものでした。
年を重ねるにつれ、少しずつお願いするプレゼントの金額があがっていき、
姉が小学校6年生の頃、「CDラジカセ」をサンタさんにお願いしました。
翌朝、姉の枕元には、「石丸電気」の包み紙。
・・・あれ、サンタさんが電気屋!?!?!?
ということで、分部両親のサンタクロースは、役を終えるかたちとなりました。
みなさま、包装紙にはくれぐれもお気を付けください。笑
それでは、次回もお楽しみに!
執筆者プロフィール
株式会社シンカ
マネジャー
分部理恵
1980年生まれ。新潟県新潟市出身。東京理科大学工学部経営工学科卒。2004年に新卒でシンカ入社。
大手上場企業の新卒・中途採用アウトソーシング支援を中心に担当し、
採用支援システム開発や若手育成、業務標準化を経験。
経営不振の中、マネジャーとして案件採算適正化や看板事業の撤退、見積金額標準化を推進。
また、従業員主導の人事制度改革プロジェクトに参画し、自社の経営改革に携わる。
現在は大手企業の採用のご支援を中心としながら、
新たな専門スキルを磨くため、資格試験に挑戦し、2024年日商簿記検定1級に合格。
2025年度 税理士試験「財務諸表論」に合格。