シンカメールマガジン
『 真価と進化 』

SHINKA Mail Magazine

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2024.5.22号 VOL.235
なぜ働いていると本が読めなくなるのか

こんにちは。株式会社シンカの横田と申します。

5月の大型連休が明けましたが、久々の仕事で身体がびっくりしてつい疲れがたまりがちになります。
これは幸運にも連休で休息がとれたからこその悩みでもあります。

この疲労に加え、新学年や新卒就職などで環境が変わってから初の休暇ということもあり、
自分の理想と現実にギャップを感じ、いわゆる「五月病」に陥ってしまうケースもあります。

近頃話題の退職代行サービスでも、連休明けに利用希望者が殺到しているというニュースがありました。
この事実だけで推察すると、5月という疲れもたまり考えも変わりやすいタイミングで希望者が増えるのは、
本来サービスのターゲットたる、辞めるにもやめにくい環境にいる方の利用ではなく、
単に衝動的で手軽な退職の1つのツールになっているに過ぎないと感じ、やるせない気持ちになります。

仕事だけが自己実現ではないと思いますが、どんな形であれ社会に参加することは必要不可欠な以上、
できるだけ自分で意思を伝えて実行することは大人として重要だと改めてとらえなおしました。

今回はそんな仕事とのかかわり方に関してのある本を読んだ感想です。
それでは、『真価と進化 2024.5.22号』、最後までお付き合いください。


なぜ働いていると本が読めなくなるのか


私は中高生のころ、文芸部に所属して小説を創作していました。
毎日のように本を読み、書くことが楽しくて仕方がなかった思い出があります。

ですが最近はめっきり本も読まなくなり、小説を書くこともなくなりました。

そうした中、先日ふと中高時代の友人から、「最近は小説を書いていないのか」と問われ、
率直な自分の想いとして「過去の自分の文章を超えられる気がせず、書こうと思えない」
という言葉が口をついて出てきました。
インプットもアウトプットも試行錯誤を続けてきた中高時代より、
今積み上げられていない自分がうまく書けるはずがない、という思いでした。
文章のタイプという点では仕事で過去と同量以上は行っているものの、
チャットやメールで判りやすく伝えようとする行為と、
小説で表現したいものを伝えたいように伝えようとする行為は別物だ、と私は考えています。

そんな自分の考えが先入観に満ちたものであり、
プライド保持のための現実逃避の言い訳になっていないかということはさておき。
そもそも自分はなんで本を読まなくなったのか?を改めて自分に問い直しました。
就職してからだけではなく、大学生でも中高ほど量は読めていなかったな、
スマホを持ってから確かに減りはしたが、
いやそもそも今でも続きのシリーズやビジネス書はちょっとは読んでいるよな……など
埒が明かなくなっていたところ、ある新書があったので思わず手に取りました。

それが『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』でした。
同書は、筆者自身やその友人らが抱える「働いていると本が読めない」という悩みを出発点に、
労働と読書の関係を明治時代から遡って分析している話題の書籍です。
筆者自身が私と同年代であり、また我々世代で話題を呼んだ映画『花束みたいな恋をした』の
主要登場人物の行動を例示として論が展開され、若い世代が共感しやすい内容になっていました。

タイトルにもなっている、なぜ働いていると本が読めなくなるのかについて、
未読の方へは恐縮ですが、この本での結論は「読書はノイズを取り込む行為だから」となっています。
高度に情報化された新自由主義社会の中、自己責任での自己決定が必要となっていく中で、
とにかくこう行動しろ、と言われる自己啓発本は読めるが、
関係のない小説を読む余裕はない。
手っ取り早く関係のある情報は知りたいが、関係のない情報は頭が混乱してしまう。
現代の読書はそれにあたるため、そんな社会ではなく半身で仕事ができる社会にしていこう、
というのが大まかな筆者の主張となります。

まとめてしまうと、電子辞書と紙の辞書の違いでよく言われるような
陳腐な結論ではあり、かつ私見ではそこに至るまでの論の展開が過去の議論からやや飛躍しているように感じられますが、
しかしそこに至るまでの過去の日本の労働と読書習慣の関係については
全く知らなかったこともあり、一読の価値ありと思います。
(※例えば、60-70年代の高度経済成長期は今より残業時間は長く、
スマホほど手軽ではないもののテレビや映画といった娯楽が普及していたものの、
ベストセラーは生まれており、読書は今より盛んでした。
もちろん娯楽の多様化の影響は大きいでしょうが、
社会史の観点からすると決してそれだけではなく、企業体制に関わる視点がある、などということが語られます。)

私自身、就職活動や仕事の場では「どう行動するか」を求めてビジネス書を読んだり、
新しい情報で脳がびっくりしない続き物の小説は読めていたが、
書店でお勧めで並んでいる新刊や、タイトルが気になる専門外の学問分野の入門書を
何も考えずに読む、という余裕がなくなっていたなと思いました。

またそれに直感的に気づいていたからこそ、ノイズを含ませる必要のある
小説を書くことはできない、と自分で感じていたのかもしれないな、と気づかされました。

本書には、巻末に読書ができるようになるためのおすすめの取り組みも書かれています。
私もこれを参考に、また読書を楽しめるようになりたいな、と思わせてくれる体験でした。

三宅香帆 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか」
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-721312-6/


編集後記


そもそもこの本を手に取ろうと思ったこと自体も、「悩んでいることの答えになるかも」
「メルマガのネタになるかも」といった、情報を求めての打算的な行為であり、
情報化社会に毒されていることを感じました。

もっと気楽に、実際この本は読み切れたということに自信をもって、
本を楽しむ生活を送りたいと思っております。

それでは、次回もお楽しみに!

横田 悟